ナナイロの人生

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やすむということ

ある方のブログで、忙しすぎるから2年くらい休みを取ってゆっくり本を読みたいと話したところ
それに対してまたちがうある方が、2日休んだらもう体がなまって仕事ができなくなる、
あなたが2年も休んだらダメですよ、と言ったという話を見かけました。

そのとき、あのこの日の学校の森田さんのブログでも
2日バスケから離れるともう違って、数学から離れると違って、という話。

バレリーナなども1日休むと自分で分かって、2日休むと相手に分かると
言われたりしますね。
武道のようなものだって。

私はそこまで打ち込んでいるものがあるだろうかと、ふと自分を省みました。
カラーは日々勉強していっているけれど、実際の分析は毎日するわけではないので
何日か空いたからって急にできなくなる種類のものではありません。
身についているから。

流れとか手際とかはあまりにも日数が空くと、少し忘れたりするかもしれませんが。

毎日毎日、ずっと変わらずしていること、しつづけていることって。
私は、ない、です。

たまにHB(ホームベーカリー)でパンを焼くときに、ひさしぶりだと覚えていたはずの
分量をすっかり忘れていて本を見ないとってときはありますが。

あとは、恋?そんなものじゃダメですか(笑)
昔は、たとえば、自分のことばかりで頭がいっぱいの一日が過ぎますが
成長するにつれ、本当に相手にとっての幸せはなんだろうということでも
頭がいっぱいになって、また同じ「恋」でも違う一日が過ぎていきますね。

でも恋なんてとも言いますが、つまりは数学や武道や仕事に恋してる状態でも
あるのかもしれないなって思います。イヤイヤやっているとまた違うでしょうけど。

時期によっては、あることに寝食忘れて打ち込んでたことも、ありますが
ずっと昔から今までというのはないですね。

昔の部活動は朝から晩まで毎日やっていたので、そのときは確かに
一日やらないとなんか体の感覚がというのはあったかもしれません。
一年続くとそれがもう体の一部になっているような生活になっているような。

「それ」はないといけないものなのか、なくてもそれはそれでスタイルなのか。
そういうことを少し考えました。

たとえば、数学の世界にずっと一日毎日いるってどんな感覚なんだろう。
私は想像つきません。

ちょっと羨ましい気もするし、そうでもない気もするし。(自分がしたいかは別だから)

でも、それくらい「好きなこと」「打ち込めること」があるっていうのは
たぶん生きている実感をすごく感じるし、生きている時間が圧縮されて厚くなる気がします。

もしかしたら、そういうのを体現する人と、それを見て感化される人とが
いるのかも、しれませんね。私はいまは後者かも。

舞台でも、演じる人と、観る人がいないと成り立ちませんので、どちらも必要。たぶんね。


あなたにとっての「それ」はなんですか?
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